縄文のある風景

古里の四季折々に、ゆったりと流れていたであろう「縄文」に思いを重ねて

「ひよしたろ」談義

 ひよしたろ=怠惰者

 一日何もせずボ~ッとしていると、次の日、動くことに抵抗を覚えます。体が「休め!」と命令しているのでしょうか。いえいえ、若しかしたら、生来の「ひよしたろ」だからでしょう。「およ~、お前達ん子供んころは、な~んもさせとらんとじゃもん(そうだよ。お前達の子供の頃は、何も仕事をさせてないからさ)。 by叔母」。ですが、芋植え、芋掘り、かがり(藁で編んだ物入れ)に芋を入れ「(背負子)」を使っての運搬、等々、動いたつもりは・・・、屁の突っ張りにも成っていませんでしたね(またまた、下品な表現を)。件の叔母から見た私像は、「な~んも出来ん」と思われてたようです。今では、あれしてこれしてとの要望もちらほら。カカから、私の運動神経等、色々と、レクチャーは受けた由。私像が少しく変化したのかも知れません。

 でも、本来の私は「お坊っちゃま」系の人間なのでしょう。動くことに、少しの努力が必要です。「私はね、こまかとっから動いちょっけん、なれちょっと(私は小さい時から動いているので、慣れているの) byカカ」。因みに、息子は、実家に帰ってきても殆ど、何にも手伝いはしません。これも「およ~、ばあちゃん(私の母が)な~んもさせとらんとじゃもん by叔母」、です。

 小さい頃からの教育というか、躾は、大事なことなのでしょうね。現代の日本は、親が自分のことさえ、まともに扱えなくなっているようで、子供受難の様相を呈しているようです。尤も、かく言う私も、親失格と言われても仕方のない部分はありまするが・・・。その理由?それは、内緒です。

 

   縄文人の「躾」とは?

     あ!自然と一体化していたら「躾」などは不要ですね。