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縄文のある風景

古里の四季折々に、ゆったりと流れていたであろう「縄文」に思いを重ねて

玉音放送

 本日15時より11分弱

 玉音放送とは、天皇の肉声を放送すること、とか。1945年8月15日に、日本放送協会(NHKの前身)ラジオ第一で放送されたものが、此に当たります。天皇の肉声を、玉音というのですよね。フム。

 天皇は、何を伝えたかったのでしょう。

 1に、健康に自信が持てないから、勇退(生前退位)をしたい。これは、間違いないと思えます。

 2に、憲法改悪からの視点です。此に関して、2通り考えてみました。

 1)意地悪い見方ですが、憲法改悪するなら、天皇家の存続を確約しろ。もっと踏み込んで、象徴天皇では、納得できない。とするもの。昭和天皇と太平洋戦争との関連で「天皇の地位」存続にかなりのエネルギーを要しています。このことを考え合わせますと、あながち、荒唐無稽とは思えません。

 2)アベッチが目論む憲法改悪を、阻止するための捨て身。此ですと、時期的に納得しやすいようです。天皇の心情を慮れば、皇室典範等を含め、何らかの改正が必要です。焦りたくったアベッチが癇癪を起こし、何か手を打つことになるのでしょうが、改正法論議は、何年かを要するでしょう。その間、アベッチに退場して貰う。という、作戦。

 どうなのでしょう。あれやこれやと、スタジオ雀宜しく、ネット雀も、ピーチクパーチクさえずるのでしょうか。

 天皇は「崩御後、一年を掛け様々な行事を・・・」と、残る人達の負担に言及されています。「生前退位」が存在すれば(現皇室典範には規定無し)、天皇は死せず(不慮の死を除く)、と成ります。「国民と共に歩」きたいとする天皇の、厚い愛情を感じました。振り返れば、皇后との結婚時から、特殊な存在を排し、普通の家族でありたいとの願望が透けて見えるようです。

 私に言わせれば、「父親の尻ぬぐい」的天皇歴と成ります。昔ならば不敬罪で即、私めは留置場行きでしょうが、天皇の持つ暖かさと、寛容さに敬意を表しての一文です。

 

        縄文人は、全員が天皇