縄文のある風景

古里の四季折々に、ゆったりと流れていたであろう「縄文」に思いを重ねて

10年!

  くたくたで、古里から帰宅。

  10年半前、母が古里で鬼籍へ。爾来、位牌は父のと併せて2柱を当地に。お盆 

 (帰省を叶えてくれた職場の皆さんに感謝)、その他の帰省時、父母の2柱を古里

 へ同行。常に私たちと共にあった。

  これが、今度の渡航で解消される。今頃は、久しぶりにのんびりとしているのだ

 ろうか(生きてた時も死んだ後でも、ここと古里の往復、やっと終わったねーbyカ

 カ)。晩年の母は、車椅子であり、古里との往復は困難を極めたが、周囲の皆さん

 の協力で、何とか事なきを得た。

  父は私が1歳と10ヶ月で他界、記憶がない。「私は苦労したことはない。苦労 

 したのは母」、これが、時折、分かる人に話す私の心境。母へ自分なりの親孝行を

 試みてはみたが、叔母の次の一言に尽きる「一生懸命頑張っても、悔いは残るよ。」

 

  今回の整理・調査渡航で、母の、かなりの思い出品を焼却。「かあちゃんごめん

 な!」と・・・。10年一区切りのつもりでの「断捨離」。残りは古里で孝行しま

 す。

 

           「断捨離」は子孫孝行