縄文のある風景

古里の四季折々に、ゆったりと流れていたであろう「縄文」に思いを重ねて

帰島人去る

 最後の一組が、本日離島

 毎度の事ながら、寂しき限りです。次に会えるのは、良くてお正月。でなければ、一年先。年寄りは辛抱強いのでしょうか?若しかしたら、諦観の内にあるのではと思われます。諦観と寂寥。代々受け継がれて行くのでしょう。是非、続けて欲しいものです。

 AI的人間(ロボットです)を回避するには、喜怒哀楽の縄文人的特徴を残して欲しい。このままでは、人類がばらばらです。人工物に囲まれた世界で便利さを謳歌している内に、自然に対する感覚が狂ってきますでしょう。大変な時期にさしかかっています。一人でも良いですから、目覚めることを期待します。

 

              では又