縄文のある風景

古里の四季折々に、ゆったりと流れていたであろう「縄文」に思いを重ねて

災害注意報・警報etc、雑感

 災害の時期でしょうか

 今年の梅雨、前線がかなり暴れまくっているようです。被害等が軽微で有ります様、念じます。

 ところで、毎年書いているのですが、「災害警報等々」における、官民の対応です。

 曰く「命優先に!! byお上」「危険はお上が教えてくれる・くれなかった by愚民」etc

 中には、「災害が予想されるので、24時間前に交通網を停止 by交通会社」の情報を「知らなかった by愚民」。

 なんなんでしょう、この様な感想というか、危機に対する対応力。危機管理は自分自身で行うものであり、他人に頼るものではありません。ましてや、お上にあれこれ指図されることでもありません。

 時折ニュースで取り上げられることー「山での遭難、原因は準備不足・無知」ーに見られる様に、常に不測の事態に対応出来る程度の装備等(当然天候を含みます)は備えるべきですが、「富士山登山者が半袖スニーカーで」などの情報には唖然とします。

 危険遭遇が常につきまとう”山行”ですらこの程度。台風等、天変地異については、完全に「お上任せ」と成ります。天気予報の精度が格段に上がり、SNS等が発達している現代に於いてです。

 何故?

 「何かあったら他人の所為!」とする風潮、そして、「危険を察知する能力及び想像力の欠如!」、でしょうか。

 ですから、「自然は怖い」だの「自然の猛威」だのと、とんちんかんな言葉になるのでしょう。

 縄文の時代以前から、私達人類は自然と付き合ってきたのです。それは、自然と敵対することではなく、自然と融合していく方法に於いてです。

 ですから、自然を呪うのではなく、ゆったりと受け止めて、諦観ではなく、前向きに生きていくことでしょう。

 この様な時はこれ、

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 まとまり無く終了します。          では又